連載・世界の宗教を学ぶ (5) 神道(その1)】
神道は、日本人固有の民族宗教ですから世界のさまざまな宗教とは違ったところが沢山あります。と同時に日本人が生み出した宗教ですから、現代の日本人で、たとえ無宗教だと思っている人にも、あるいは仏教徒だと思っている人にも、実は無意識のうちに神道的な生き方をしているところがあるのです。ここのところが現代の日本を、さらには将来の日本を考える場合、とても重要になりますので、連載の始めに六つの宗教を取り上げると述べましたが、今回は神道について二回分のスペースをとり、神道(その1)、神道(その2)とし、やや詳しく神道と日本人のものの考え方、感じ方に触れてみたいと思います。
(1)神道の神々
江戸時代の国学者本居宣長(1730~1801)の書いた『古事記伝』によりますと、日本の神は「尋常ならずすぐれたる徳のありて可畏(かしこ)き物」であるとされています。畏(おそ)れ、畏(かしこ)む心を引き起こすものすべてに日本人は神を感じたというのです。ですから神道の神は無数となり、八百万(やおよろず)の神々といわれるようになり、一神教の神とちがって典型的な多神教の部類に入ることになります。したがって神道の特徴を理解しようと思うなら、神道の神々を分類し、分析していけばよいということになります。大まかに神道の神々を分類すると、次のような三種の神々に分類できます。
➀自然神
第一に、山、川、海、樹木や巨大な岩石、大地、さらには狼や蛇などの動物、つまりどこか畏敬の念を引き起こす自然物が崇拝の対象にされてきました。これらをまとめて自然神と分類します。たとえば山の神は大山祇神(おおやまつみのかみ)、海の神は綿津見神(わたつみのかみ)などと呼ばれ、巨大な力、不思議で神秘的な力を秘め、畏敬の念に満ちた自然物が信仰の対象にされてきたのです。
②人間神
第二に、英雄とか偉人など、通常の人間にはないような力をもった人が神として崇拝されてきました。よく知られているように菅原道真(みちざね)は天神さまとして崇拝対象になり、今でも学問の神さまとして崇拝されています。ですから神といってもキリスト教の神ヤハヴェやイスラム教の神アッラーとはまったく異質な存在といえます。
またこれと関連し、日本では祖先を神として崇拝する傾向が非常に強いのです。農耕が中心になるころから、日本では血縁によって結ばれた同族集団の中で家長が尊敬されるようになり、死後その魂は浄化され、そのまま神になると考えられるようになりました。それにつれ祖先全体が崇拝対象とされるようになりました。
祖先崇拝というと仏教の専売特許のように思われていますが、そうではないのです。もともと仏教には祖先崇拝というものはありませんでした。仏教が日本に伝来してから、仏教と祖先崇拝が結びつくようになったのであって、元来祖先崇拝は日本的なものでした。このようなわけで日本には英雄信仰、偉人信仰、祖先信仰の歴史が古く、超越的な神を信じるというより、人間的なものを信じる傾向が強く存在していました。一神教とはずいぶん違うのです。
③観念神
さらに第三に、観念神という部類に分けられる神々が存在します。たとえば創造や生成に働く力を神と感じるところから生み出された神々、たとえば産霊(むすび、万物を生み出し成長させる霊妙で神秘な力)の力をもった高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)・神皇産霊尊(かみむすびのみこと)・生殖力の象徴としての伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)、また腕力の象徴である手力男命(たぢからおのみこと)などがそうです。目に見えない不思議な力そのものが神ととらえられ、崇拝されるのです。
このような自然神、人間神、観念神と人間が相互に関係し合い、相互扶助的な安心感を主とする信仰が神道の中では育まれてきました。圧倒的な力をもち人間を超越したヤハヴェやアッラーのような神ではなく、もっと人間に近い神々とともに生きてきたところにも神道の特徴があります。
(2)神道の神観
ところで、神道の神々は定期的・不定期的に人々を訪問すると考えられてきました。そこで日本人は節目ごとに神々を迎え祭りを行なってきたのです。祭りの場所を清浄にし、心身を清め、御神酒(おみき)などを供え、歌をうたい、舞をまって神々をもてなしました。本来神楽(かぐら)などは神に楽しんでもらうためのもので、人間が楽しむものではなかったのです。こうして神々に楽しんでもらい、祝詞(のりと)や歌で神々に願い事を伝えますと神は託宣(たくせん)や卜占(ぼくせん)によって神意を人々に伝えました。その後神々と一緒に飲食するのですが、これを直会(なおらい)といいます。神道の神々と日本人の関係が親しく連続的であることに気づきます。また神道の神々が非常に人間的であることも感じられます。
さらに水稲耕作が盛んになると、人々は一定の地に定住し強い共同体を作るようになりました。ここで祀(まつ)られるようになった神は祖先神とか土地の守り神の性格をおびるようになります。これが鎮守の神です。また氏族制度から出現した氏族を守る神は氏神で、その地域に住む人々は氏子といわれました。
(3)人間は神に近づくことができる
こうして神道は多分に集団的な性格が強く、個人的な悩み事や救済の問題になると仏教に傾く傾向がありました。いずれにしても神道には、さまざまなものに畏敬の対象、神秘な力を見出し、これを神と呼び、その加護、庇護を願い、いつもこの神々を祀り、安心感を得ようとしたところに特徴があり、同時に自分も禊(みそぎ)、祓(はらえ)などによって清明となり、神に近づくことができるという信仰がその基盤になっています。
以上が神道の基本的な特徴ですが、次回はこれを基盤として他の国々の文化と比較しながら、宗教と文化の関係、さらには世界における日本人の考え方、感じ方の特質、将来の日本人の生きるべき方向性などについて考えてみたいと思います。